群馬県には海がない

小学生の頃、毎年家族で湯河原の海水浴場に行きました。メンバー父と母と私のみで、年の離れた姉は参加しませんでした。

群馬県には海がないので、わざわざ神奈川県まで行ったのです。

今思えば近所のプールで十分でした。

海水浴場は同じような家族連れが多く、浜辺や近隣の海の家はかなり盛況でした。
皆は浜辺にシートを敷いて、パラソルを借りたりして寛いでいました。混みすぎて場所を探すのが大変なこともありましたが、そんな混雑も夏の思い出の一つとして楽しめました。
私は砂場で寛いだりはせず、父と共に沖に浮いているブイすれすれまで行きました。

私は泳げましたが、念のために浮き輪を持って行ったのを思えています。小さな頃はボートに乗せて貰っていましたが、小学校高学年の頃からは浮き輪に掴まって泳いでいきました。足がつかないので、泳げても恐怖感があり、結局浮き輪を手放すことはしませんでした。父は浮き輪なしで普通に泳いでいました。
一度お盆が過ぎてから及んだ時、沖でクラゲに刺されてしまいました。足にビニール袋が触ったような感触があった直後、蜂に刺されたような痛みが右足を襲いました。幸いたいしたことがなかったので、その場で泳げなくなるようなことはありませんでした。クラゲに刺されたということも、陸に上がってから気づいたぐらいです。それから数日間腫れましたが、我慢できない痛みではありませんでした。
浜辺に数件立っている海の家では、皆がお酒を飲んだり食事をしたりして楽しんでいました。

簡易シャワーもあり、着替える前に借りることもできました。衝立は頼りないものでしたが、まだ幼かったので気にせず普通にシャワーを使っていました。でも、いまあのシャワーを使えと言われたら、抵抗があって無理かもしれません。
食事は毎回焼きそばを食べました。飲み物は良く冷えたラムネです。海やプールで泳ぐときは、いつもこのメニューと決めていました。一度材料が届かなくて料理ができず、カップラーメンが500円で売り出されたことがあります。高かったので父が私の分だけ買ってくれました。
使った金額はシャワー代と食事でおよそ2000円~3000円ぐらいだと思います。毎回泊りがけで行ったので、その他に宿泊代と東京から湯河原までの電車賃がかかりました。父は車の免許を持っていましたが、自宅に車がなかったため毎回電車移動でした。
水着は普通にスクール水着を着ていたので、特にそのための出費はありませんでした。
その代りビーチボールなど浜辺で遊べる遊具を買って貰いました。
一番お気に入りだったのはスイカ模様のビーチボールです。破れても無理やり張り付けて最後まで使用していました。